かつては栄華を誇った鉱山、工場などが悠久の歴史の流れとともに消えてゆく姿を追い求めさまよっています。 ・・・・・・とか言ってますが、単にツーリングのネタ作りだったりして

2015年8月アーカイブ

奔別炭鉱

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幾春別地区では最も規模の大きい奔別炭鉱で
最初に石炭が発見されたのは1880年
今から140年ほど昔の話です

本格的な採炭が始まったのはその20年後の1900年から
その後何度かの譲渡や経営権変更などが行われ
1928年に住友へ経営権が移り規模が拡大していきました

1960年には立坑を建設、奔別坑道と弥生坑道連結し重機の導入など
積極的な開発を進めましたが、深部へ向かうにつれ労働条件が悪化し
立坑建設からわずか11年後の1971年に操業を停止しました

その後閉山のため立坑解体作業を行っていましたが
坑内から発生したガスにより爆発事故が起き
5人の作業員の方がなくなられました



というわけでやって来ました奔別炭鉱
ここも見たかった産業遺産の一つです

建物自体は手入れはされてないですが
プレートが貼ってあるところからして保存対象にはなっている?ようです




Googleの衛星写真からでも立派な立坑跡が確認できます




実際近くで見ると、言葉を失ってしまいます
美しいとか、そういうのとはまた違った感動なんでしょうか
ぜひ生で見ていただきたいです

Pon 01.jpg

Pon 02.jpg

Pon 03.jpg

竪坑櫓にまだワイヤーがかかったままになっています
本来こういう状態で残っているものは無いはずなんですが
解体作業中の事故で作業が中断した為だそうです




櫓の前の部分が骨組みだけになっているのは
爆発事故の影響?
メタンガスの爆発でしょうか?

よく見ると一部の屋根は残っていますよね
どれぐらいの衝撃だったんでしょうか

Pon 04.jpg





事故防止と保存のため入口はがっちりガードしてあります


Pon 05.jpg





建物の中でも
コンクリート製の部分は大丈夫だったようです

Pon 06.jpg





裏側へまわってみました

Pon 07.jpg

この竪坑櫓はスキップ(主に石炭やズリなどを運ぶカゴ)とケージ(人を運ぶカゴ)
が合体したスキップ・ケージという方式だったようです
すみません立坑巻き上げ機にはあまり詳しくないので・・・・

反対側にはホッパーの遺構も残っています





Pon 08.jpg





石炭搬出用の施設です
下部に鉄道が走っていたんでしょうね


Pon 09.jpg

おそらくどこかに斜坑もあると思うんですけど

下調べしてないので今回はパスです




過去の状況を見てみます
76年の状況

右奥の更地は住宅だったんですね
当然ですが、立坑の施設はまだきれいです
屋根も残っているところからして、建物が骨組みになってしまったのは
老朽化が原因のようですね



Ponbetu.jpg

ホッパー建屋の裏に謎の施設が見えますが
これは何なんでしょう?
シックナーのようなものも見えます




他の炭鉱ほどではないですが
全体的にコンクリート部分の劣化が進行しつつあります
あと何年持つのでしょうか?


北海道には今年登録された文化遺産よりも数倍素晴らしい産業遺産
(軍艦島には負けますが)がたくさんあります

しかし北海道が広すぎるのと、通常の観光資産が多すぎて
訪れる人の目に留まることは、ほとんどありません

戦前、戦後の日本を支えた大切な記憶なのに
ただ朽ちていくだけというのはとても残念なことです

炭鉱の街の象徴、あのすばらしい竪坑櫓だけでも残ってほしいですね

北炭真谷地炭鉱

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ここからしばらく北海道編になります





北炭真谷地炭鉱の歴史は明治時代にまでさかのぼります
もともとはクリキ炭鉱と呼ばれていた炭鉱を当時の北炭が買収、開発
今から100年以上前の話です

夕張を代表する大規模炭鉱で、専用線も施設されていて
現在でも鉄道跡を確認することができます

1987年までの操業で、最後まで残った北炭の炭鉱です

国道を離れ真谷地炭鉱へと向かうと
途中にアパート群などありますが、すでに街といえるほどの規模ではなく
住民の方々はほとんどこの地を離れてしまったようです




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・・・と目的地に着いたのはいいんだけど
何もない

付近に大きなズリ山があるのは確認できます

Maya 01.jpg




列車に石炭を積み込むホッパー跡と思われる遺構は確認できますが
それ以外何もないようです

Maya 02.jpg

Maya 03.jpg




上の道路に上がってみると、煙突のようなものがあります
構内にたまったガスを抜くための物ではないでしょうか?

Maya 04.jpg


少し調べてみました
これは立坑跡らしい
この上に櫓が立っていたのかも




どうやら来るのが遅かったようです
残念

国土地理院先生ではどうなっているんでしょうか?


Maya-Pict.jpg



手前の山の斜面にあった住宅地がごっそりなくなってる

駅の付近にも選炭場があったらしい
そこからコンベヤーが伸びていて、ズリ山につながっています

ズリ山は3か所確認できます
ここだけは現在の地図と変わって無いですね

また一つ戦後の日本の産業を支えた歴史が消えてしまいました

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