かつては栄華を誇った鉱山、工場などが悠久の歴史の流れとともに消えてゆく姿を追い求めさまよっています。 ・・・・・・とか言ってますが、単にツーリングのネタ作りだったりして

2014年10月アーカイブ

春日鉱山(白河抗)

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ドロドロのまま白河坑に到着

こっちは県道から少し離れているので見落としそうになりますが
GoogleMapsでもはっきり場所解るので大丈夫かも

ただ入口の下り坂を間違えやすいので注意
です






美束抗より若干痛みが少ないような気がします
ほんの数年前まで稼働してたんでしょうか?





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こういうのなんて言うんでしたっけ?
たぶんここからショベルカーでダンプか何かに積み替えしていたか
直付けして落とし込んでいたのかも


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トロッコ軌道跡
牽引車をこの位置まで進めて、後ろの貨車から鉱石を落としていた様子


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もう少し後に来たら紅葉に映えてきれいかも




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上まで来ました
少し見にくいですが軌道は坑道入口まで続いています





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トロッコはバッテリー式っぽいです
小規模なところは手押しトロッコですが、ここは産出量多かったんでしょうか?
坑道も長いのかな




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ここに鉱石を落としていたみたいです





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運転席です




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この電動チェーンブロックで貨車のカゴを傾けて落とすんですね





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予備の牽引車
ほとんど痛んでいません





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1号坑道の入口です

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距離どれぐらいあるんでしょう・・・・・・
入口は結構しっかりとした造りです

奥から絶え間なく水が流れ出ているので、
下方向は間違いなく水没していると思われます




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出てすぐのところに機械室がありました




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モーター別置式の4気筒コンプレッサーが2台
結構年代物っぽいです
おそらく炭鉱とかで使っているコールピッカーの様な削岩機を使っていたんでしょう
もしかして閉山した炭鉱から譲り受けたものなのかも・・・・・・・

石灰もケイ酸石灰なら粉じん爆発する可能性はありますが
主成分の炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムは消火剤にもなるぐらいだし
爆発の危険性は無いはずだからどうなんでしょ

粉じん爆発の危険がなければふつう電動のの削岩機使うだろうし
だとしたらこんなデカいコンプレッサーは使い道無いはずだし
ちょっと謎です




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これは第2坑道用でしょうか?
車庫の屋根が倒壊しています




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何かの電源装置・・・・・・・
バッテリー充電用かな?




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レールの残骸


白河坑はこんな感じです



この後国見峠を抜けて彦根方面を回ろう

と思ったんですが、災害通行止めでした
現場まで行ってみましたが、かなり派手に崩落していて
徒歩以外では越えられそうにない雰囲気


暗くなると寒いので今日はあきらめて帰ることにします

春日鉱山(美束抗)

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寒くなるとバイクで回るのはなかなかツライもんがあります
まだ温かい今のうちにたくさん回っておこうかと・・・・・・

そんなわけで春日鉱山
ドロマイト鉱山です

伊吹山周辺はドロマイト鉱山がたくさんありますが
現在操業中の物はほぼ露天掘りではないでしょうか

ドロマイトは地表に露呈していたり、地表付近に鉱床が存在するケースが多いため
重機の発達で坑道掘りはほぼ廃止になり
大半が露天に切り替えられました

春日鉱山も現在操業中の所は露天掘りですが
閉山した3か所は坑道掘りでした

坑道掘りはコストがかかるうえ、危険度も高いので閉山し
安全で大量採集が可能な露天掘りに切り替えた
・・・・・・というのが根拠かどうかは自分にはわかりません

露天掘りも間近で見ると迫力あるのかもしれませんが、
地中を掘り進む方がなんとなくロマンのようなものを感じたりします



まずは場所から

最初某有名サイトの廃墟地図を頼りに行ったのですが
指定されていた場所は春日小学校の奥にある操業中の部分でした・・・・・・・・・

県道257号から分岐し小学校を越え
狭路をしばらく行くと右手に鉱山への分起があります

「立入禁止」ってなっていましたが進んじゃいました
しばらく行くと隧道が

中は真っ暗・・・・・・・・・・照明なんてありません
しかもトンネルの中はダートになっていて、漏水のため水たまりがたくさん見えます



「これ、ヤバくね?」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



5分ほど悩んだ後




「行ってみるか!」




意を決して突入

中は真っ暗でモヤがかかってます
下は石灰の泥水
しかもトンネル長い、暗いから余計に長く感じる

そしてところどころに掘り進んだと思われる無数の横穴が



「これ、もしかして坑道なのでは・・・・・・・・、
って事は坑道の中をバイクで走ってるってこと?」


「ヤバいヤバいヤバい、戻らなくちゃ」
「この暗闇の狭いトンネルの中切り返すのも危ない気がする」
「とりあえず転回出来るところを探そう」


とか思っていたら突き当りに
T字路で左右に分岐しています


取りあえず迷ったら左へ


あ、出口


トンネルを抜けると事務所的な建物があり
ダンプが止まっていました


「あ、さらにヤバい」


T字路の反対側が気になったけど速攻Uターンして来た道を戻りました

最初の分岐まで戻ったところでバイクを止めて休憩
気が付いたら服もバイクも真白になってました
きっと途中で坑道掘りから露天掘りに切り替えた鉱山なんでしょうね


テンパっていたので画像撮るの忘れていました
夜来たらマジで怖そう、たぶんどの心霊トンネルよりも怖いのではないかと・・・・・・



落ち着いたところで情報収集
どうやら県道32号沿いにあるらしい・・・・・・・、真白になって損した気分
まぁ、貴重な体験できたからいいけど


というわけで場所はここです
産業遺構Mapも修正しておきました




マップコード:35.472030, 136.455141


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まるで要塞のような佇まい、コンベヤーやホッパーなどがかなり複雑に入り組んでいます
なんか、男2人組がコスプレの撮影をやっていました



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なんというか


「鉄骨数寄屋造り」


的な感じです




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配電盤
ブレーカー・・・・・じゃなくて開閉器とマグネットスイッチが並んでいます




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突き当りを折り返すと坑道入口がありました




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いちおう柵がしてあります、開きそうですが・・・・・




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トロッコの軌道が残っています




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反対側はこうなってます、車両は置いてませんでしたが
たぶん坑道の中にあるんでしょう

ちなみに床板は腐ってます、たぶん乗ったら崩れると思う
地面は3メートルぐらい下

鉄骨の上を渡りながら進みます




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奥の部屋が気になる・・・・・・




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選鉱装置?




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ホッパー投入用のコンベア?かな?




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この先行き止まり




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上の通路は行けそうにありません
さすがに長時間いると怖いので戻ります




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上のホッパー投入口の下部です




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この場所からさらにコンベアーが外に向かって伸びていて




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再びホッパーに入りますが

前面にもこれを含めて4か所ホッパーがあり、全体の構造は複雑です
ドロマイト以外にも何種類か採掘していて、この場所で選鉱していたんでしょうか?



構造が複雑で面白い施設でしたが、老朽化が激しいので
あと数年で倒壊するかも知れません

滝沢石切場

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鉱山じゃないですが、少し気になったので探索してきました

滝沢石切場の歴史については全くわかりません
某有名サイトで紹介されていたのでなんとなく行ってみました

場所は、新東名の浜松SA近くのトンネル出入り口付近です






近くまで車で行くことはできますが
途中から登山道のような道になり、車はもちろんのことバイクでも厳しい道になります
バイクの場合は山道の途中に切り返しできる場所があるので、そこまでは行けると思います
というかそこまで行きました

舗装道路からの分かれ道には


「⇐石切り場、滝沢小学校⇒」


という標識があり近くまで行ければ迷うことはないでしょう


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道幅的には行けそうな気もしないでもないですが
左側が約45度の斜面になっているため、落ちたらおしまいかと
死ぬことはないですが・・・・・


標識のところから500mぐらい歩くと小屋があります


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小屋の内部にはタンクと、何かの作業台のようなものがありました


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さらに奥に行くと白い石がいくつか転がっていました


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この辺りは石灰石が取れるらしいです
右上には切り出したような跡もありました



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少し奥に行くと鉄板を渡して作った橋があります
歩くとベコベコ言って今にも抜けそう

かつてついていたであろう鉄柵が落下していました


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橋の奥に何やら看板のようなものが・・・・・・


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ここが石切り場・・・・・・・・・

橋の下から山側の方へ眼をやると、大規模に採掘したような跡が
ん~、木が邪魔でよく見えません

橋の下に降りて山側へ行こうかと思いましたが
左足をけがしているのでムリかも

冬~春先に来ればもう少しよく見えるかもしれません


さらに奥へ進みましたが何もなさそう
この先は地図からしてミカン畑か、茶畑の作業道へ出ると思うので
引き返しました



しかし切り出した石はどうやって運んでいたんだろう・・・・・
さっきの作業小屋で細かくして運んだのかな?

途中まで降ろしてそこから先はミカン畑の索道使ったのかも
謎の多い場所でした

北炭夕張炭鉱

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言わずと知れた日本で最大規模ではないかと思われる
色々な意味で有名になった炭鉱です

現在は石炭資料館館という形で旧坑道が観光坑道として一般開放されています


立坑巻き上げ機
きれいに再塗装され保存されています


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旧坑道入口


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石炭露頭


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ホントは夕張大新鉱に行きたかったのですが


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の状態で近づくことができないので、仕方なく観光気分で見てきました


資料館には炭鉱の歴史や過去使用されていた機材
採掘用設備などが展示されていて、なかなか勉強になります


トロッコ


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照明器具


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何だったか忘れた(汗)


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夕張炭鉱の規模は現地ではわかりづらいかもしれませんが
GoogleMapsで見るとその規模の大きさがよくわかります





昭和41年の国土地理院の航空写真によると
左の山斜面にある広大な空き地はすべて住宅地でした


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かなりの規模を誇った北炭夕張炭鉱ですが、
1981年のガス突出事故で生存の安否が確認できない作業員が
内部に取り残されていた状態で消火のため坑内への注水作業を行い
世間から大きな批判を受けました

それをきっかけとし北炭夕張炭鉱は2か月後に倒産
新炭鉱はその1年後に倒産し、夕張炭鉱の歴史に幕を下ろしました

築別炭砿

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築別炭砿は、羽幌炭鉱3抗の中の一つで
羽幌本坑、上羽幌抗、築別抗で成り立っていました

明治のころから大規模な石炭の鉱脈があるのはわかっていましたが
輸送手段がないため本格的な開発は昭和に入ってからとなります

昭和15年には小学校、22年には中学校も開設し
町の人口は多い時で1万人規模に達したといわれています

しかし、昭和30年代後半から石油へのシフトが始まり
業績は悪化、坑道の一本化や設備の機械化で合理化を図りましたが
昭和45年に閉山

小学校は宿泊施設としてリニューアルオープンしましたが
消えゆく街へ訪れる利用者も少なく、しばらくして閉館となりました


今回はホッパー跡、住宅後、小学校跡など訪れましたが
かなりの数の遺構があり、時間の関係上見れなかった部分も多数あります


向かう途中で鉄道橋脚跡を見つけました


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築別炭砿ホッパー跡
コンクリートの厚みが薄いからなのかかなり老朽化が進んでいます


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この部分に列車を止め、上から石炭を落とす構造になっていたんだと思います


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Chiku09.jpg Chiku10.jpg
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消防署跡


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ホッパー跡
今にも足が折れそうな危険な状態です


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発電所跡
煙突以外はほとんど残っていません


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住宅後
さすがにちょっと不気味です


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病院跡
もはや倒壊寸前の状態


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太陽小学校跡
ここは噂通りすごかったです
その他の画像はフォトブログで


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同体育館


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現在は観光施設として保存されているようですが

特に維持管理はされていないようなので、いつか倒壊するかもしれません

今まで見た中では一番すごい場所でした

手稲(ていね)鉱山

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明治の時代より近くの川で砂金が取れるため、手稲山には金が眠っているとうわさされていましたが
鉱脈探しには苦戦していたようです

昭和に入り金、銀、銅、亜鉛など月産6万トンという日本第2位の規模まで拡大しましたが
そのが徐々に減少し始め1971年で閉山となりました

近くには金山という地名があったり、手稲鉱山行きのバスが走っていたりと
規模の大きさを物語るものがあちこちで見受けられます


入口の下にバイクを止め少し登ってみましたが
どうやら立入禁止のようです
作業車が上ったり下ったりしていました

少しだけ登って選鉱場らしきものが見えるところから撮影させていただきました


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ち、近くで見てみたかった

大江鉱山

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大江鉱山は明治23年(19年という説もあり)に開抗した金山でしたが
その後亜鉛、マンガンと種類を変えながら操業していましたが
鉱床はあるものの採算が合わなくなり昭和59年閉山となりました

わざわざ見に来たのですが、遺構は見えるものの立入禁止のようです

鉱山の手前には鉱毒処理のための施設があり、現在も管理されている様子でした


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現在でもこの場所で何かの作業が続いているようです
係りの方が出たり入ったりしていました

邪魔にならないよう離れて撮影させていただきました

轟鉱山

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入口ルートまで行きましたが
立入禁止看板があったのと、道がダートだったため断念・・・・

いつかリベンジします

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