かつては栄華を誇った鉱山、工場などが悠久の歴史の流れとともに消えてゆく姿を追い求めさまよっています。 ・・・・・・とか言ってますが、単にツーリングのネタ作りだったりして

浅野雨竜炭鉱

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浅野炭鉱は沼田地区ポロピリ湖の湖畔に存在し
昭和炭鉱へとつながるエリアの一部です
かつてはダムは無く、この辺りは炭鉱の町として栄えていたエリアでした

本格的な採掘は昭和6年から
閉山は昭和43年です

この地区の石炭は火力が強く、なおかつ硫黄分が少ない良質の石炭で
昭和初期の日本の工業に大きく貢献したと思われます

また恵比島駅から昭和炭鉱へ通ずる留萌鉄道も施設され
沼田地区の発展に貢献しました



GoogleMapでは立派な遺構群の存在が確認できるのですが






夏は接近することが困難です
少し通り過ぎた場所に旧道の崩れかけた橋があり
そこからアクセスできそうな気もしますが
すでに廃道になっているため、同様にして利用することができません

夏の間は道道からはその姿を見る事すら困難です

Asano 01.jpg




藪をかき分けやっとの思いでホッパーまでたどり着きましたが
前日の雨の影響でびしょびしょになってしまいました

Asano 02.jpg

結局これしか撮れなかった・・・・・



Webサイトに上がっている画像はだいたい秋か冬の物なので
その時期に探索するのが正解ではないかと思います



かつての状況はどうだったのでしょう?

国土地理院さんの助けを借りて調べてみます


まずは1947年(昭和22年)の状況

まだ操業中ですのでしっかりとした姿を確認することができます
東に向かってコンベアの様なものが伸びているのが確認できます
これはズリを運ぶための物でしょうか?



そして1977年(昭和52年)の状況

Asano-02 e CHO7718-C5A-24.jpg

この時点で施設はほぼ屋根の落ちた状態になっていることが確認できます
コンベアも撤去されていますね




機会があれば再度チャレンジしてみたいですね
降りるルートを再考すれば何とかなるかも

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このページは、かいざーが2015年10月10日 12:50に書いた記事です。

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